思いもよらない鬼ごっこ
          〜789女子高生シリーズ

           *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
            789女子高生設定をお借りしました。
 


      




 警察官は一応公務員だが、事件という処理担当案件が日曜も祭日もなく起きるもんだから、まともに一般のかたがたと同じサイクルで休みは取れずで。今日も今日とて、3連休の中日だというに、随分と物証が集まって来ていた窃盗団の一斉逮捕への詰めと、某国の外交官関係者が唐突に帰国しかけたところを空港で何者かに取り巻かれ、暴行を受けたので何とかしてくれと咬みついて来たのが回って来、外務省の関係所轄へと送り出しかけたの、引き留めたのが、

 『かん…、警部補殿?』
 『お話だけでも聞こうじゃないか。幸いにして、英語に堪能な職員も在席中だし。』

 それって俺のことですか?と、自分の顔を指さした佐伯刑事とともに、取り調べ室へ向かって……ものの20分弱で。盗品の違法な海外への持ち出しをさんざん担当していたお人だという件にて、しっかと関係筋の御用として取っ捕まえてしまわれた勘のよさは健在な、辣腕警部補殿だったりし。

 『なに、手配が回って来ていたのでな。』

 少々怪しい日本語を操る外人さんが、一味を仕切っていたらしく。だが、水戸のお土産、藁づとに包まれてあった本格納豆を見て、眉をしかめるとワタシあれはどうも苦手でなんて言っていたから、実は日本に馴染みの深い身なの、誤魔化しているのかも…という証言があって。

 『苦手どころか大好物だって評判の、
  変わった大使館員がいるって話をな、
  口の端が光ってんの見て思い出したまでだ。』
 『ははあ、顔くらい洗って出掛けりゃよかったのに。』

 そんなぼけた感想よりも、お主 相変わらず儂の名を呼び間違えかける癖が直っとらんな。はあ、どうしてでしょうかねぇ。シチちゃんと逢う機会が増えたもんだから、ついつい口癖が伝染ってしまったのかもしれません…などと。忙しいんだか暇なんだか、よく判らない会話を交わしている、捜査一課の強行係のデスクだったが、

 【 勘兵衛様。】

 噂をすれば何とやら。不意に壮年警部補の携帯へとかかって来たのが、そのおシチちゃんこと、女子高生の七郎次からのお電話だったようであり。昨日逢ったばかりだってのに、一体どうしたことだろかと。それまで話していた優秀な部下へくるりと背を向け、いかがしたかと こそりと問えば、

 【 勘兵衛様、ヘイさんへ何か言いましたか?】
 「平八へ? いいや。言うも何も、逢うとらんし電話も掛かっては来とらんが。」
 【 そうですか。ならいいんですけれど。】
 「何だ、何かあったのか?」
 【 いえ、何でもないのです。
  ただ、ヘイさんが昨日の話を何か訊いて来ても、
  取り合わないでいてくださいませね。】

  「???」

 【 勘兵衛様。守ってくださらぬときは。】
 「その時は?」

 【 しばらくほど、
  勘兵衛様のことを“島田様”と呼ぶことに致します。】
 「判った、極力注意する。」(即答)

 一体 何をやっているのだか。
(笑) 欧米に負けず劣らず、物騒になりつつあると言われながらも、たまにはこんな風に、警視庁なのに平和だったりもするのも日之本なれば。一般市民レベルで、結構大変な騒動が勃発している一角もあったりし………。




       ◇◇◇



 選りにも選ってこんなハレの日に襲い掛かって来た連中は、その顔触れの中に、この神田利一郎氏が仲間内としてよくよく見知る、同じ大学の研究院生が混ざっていたことから察するに、

  彼が見事な成果を導き出した、
  画期的な研究とやらが原因であるらしく。

 もしかして…こうまで地味でおどおどした彼が、それでも久蔵のお相手にふさわしいとの推挙を受けたのも それが原因であるらしき、それはそれは画期的な素材工学系の研究成果。関係筋からはさして騒がれなんだ代物だった、至って平凡な研究だったはずが、微妙に畑の異なる業界から着目され出し、ウチへウチへという熱烈なお声掛けも盛んとなって。

 『そういえば、最近になって、
  飲みに行かないかとか、
  ちょくちょく誘ってくれるようになった連中でもあります。』

 そんな顔触れがいたということは。人のいい彼を何とか言いくるめ、まんまと出し抜いてやろうと構えていたものが、そんな暢気なことを言ってられない状況となったことで焦らされ。こんな言い方は全くの全然適切ではないながら、まんまと“トンビにアブラゲ…”されぬよう、こたびの資産家令嬢とのお見合いを妨害するべく、こんな暴挙を企てた連中なんじゃあなかろかと、

 “少なくとも、目当ては俺たち二人に間違いないようなのだし。”

 単なる営業妨害行為がしたいなら、何もこの二人を限定して追ってくる必要はないのだし。あんな不気味な近づきようをし、他の客人を突き飛ばしてでもと追って来て、追い詰めたはずのゲージにいなかったことへ何とも忌々しげな口調でいたことから、そうと察してもそうそう乱暴な推量ではなかろうて。

 “あくまでもこの男のいるところへ乱入して、
  こやつのせいでこんな騒ぎになったと印象づけたいのじゃあなかろうか。”

 出来れば見合いの相手のすぐ傍らで、誘拐未遂でも因縁つけでも何でもいいから、

 “俺まで怖がらせる格好で問題を起こし、
  何の手も打てぬ情けない男と、印象づけたい連中なんだろに。”

 ……と、なかなかに鋭い推測を立てた久蔵であり。無差別に乱暴を働きたいとか、このホテルへ迷惑を掛けたいとする手合いじゃあないらしいことへ、ひとまずはホッと安堵してから、さて。

  ならば、
  この男を此処から連れ出せば問題はなくなるのではないか?

 というのは、すぐさま思いついたものの、相手がどれほどの人員で押しかけているのかは、こんなところからではさすがに判らないし、連中もまだここで探しているのだろう、客室エリアで揉めごとを起こすのは最もまずい流れであり。

 「………。」

 当ホテルのセキュリティシステムも、ソフト面でもハード面でもきっちりした対策が機能しており。今頃は客室エリアの担当者たちの間で連絡が飛び交っていて、不審者情報が統合されつつあるに違いなく。あと、利用客への監視にはあたらぬ範囲内、あくまでも防犯対策として、監視カメラを各所に設置してもいる…のだが、

 “そっちはヘイハチがいないとな。”

 先のバンドガール襲撃騒動の折は、平八がビルの監視カメラの画像とやらを いとも簡単に呼び出して見せたものの、さすがに自分では何が何やらよく判らないこと。隠れ切れていればこそのことだろが、相手の情報が全く掴めないのが焦れったい。

 「……っと。」

 ゲージ内の階数表示板には呼び出された階は表示されないので、ゆるやかにスピードが落ちた気配で“しまった停まるぞ”と察した二人。顔を見合わせて示し合わせると、さっきいた“隠し”へと再びもぐり込む。隙間なく閉じるのはおサスガな設計なれど、ここの鏡は是非ともマジックミラーにすべきだなと、要らんことをば思っておれば。客室の最上階に至ったからか、女性客らしき落ち着いた声のご婦人が何人か乗り込んで来、ゲージもゆっくりと下降を始めた。途中で一旦停まったものの、そこでは誰も乗り込まなんだようで。但し、ドアが閉じると共に、

 「何でしょうかね、今のお人らは。」
 「さてねぇ。臨時のメンテナンスの従業員か何かじゃあ?」

 それにしたって愛想は悪いわ、人をジロジロと見回すわ。何よりお客さんのいないところを見計らってお仕事するものじゃあないのかしらねと、そんな会話がぼそぼそと聞こえたので、

 「…っ。」

 それってきっと、と。ついつい神田氏と顔を見合わせてしまった久蔵であり。相手はまだまだ諦めてはないらしく、館内やエレベータのゲージを隈無く探査中らしい。そうこうするうち、ゲージは1階に到着したらしく。しばらくドアが開いていたにもかかわらず、誰も乗り込んで来ないまま。そのうち扉が閉じると、再びゆるやかに上昇を始めた……そこへ。

  …………とんっ・ゆらん、と

 何だか不自然な振動が頭上からしたのへ、久蔵もハッとし、ついつい背条を伸ばすと息を飲む。不意打ちだったことと、まさかとは思うが相手がゲージの構造に気づいてのこと、気配を殺して入り込み、此処にいるんだろという意地の悪いノックでもしたかと思ったからで。だが、

 “………上?”

 そちらも相当びっくりしたのか、狭苦しい“隠し”の中、選りにも選って女子高生お嬢様へ助けを求めるかのように擦りついて来ていた神田氏へ、

 「…………っ。(怒)」
 「あわわ、すみませんすみません。」

 不慣れな素人さんでもそれと判ったほどの、相当な殺気が久蔵から届いたか。小声でのそんな応酬を交わしておれば、

 「……………お姫様、そんなところに隠れてんのかい?」

 今度こそはの人声がはっきりと届いて。どひゃあっと、謝ったばかりな神田青年、再び久蔵お嬢様へすがりつきかかったものの、

 「こらこら、情けないな青年。」

 そんな彼のスーツの後ろ襟をぐんと掴んだ誰かさん。いつの間にやら隠し扉も開いており、ほれと軽々、神田氏を引っ張り出したその奥で、宇宙怪獣に立ち向かうウルトラマンのように、顔の前にて両手でバッテンを作っていた…無表情のお嬢様と目が合って。そのポージングにはさすがに意表を突かれたか、微妙に眸が泳ぎかかった“彼”だったものの、それも一瞬。吹き出しかけたの誤魔化して、すかさずのようににこりと微笑った笑顔の、何とも美麗で落ち着き払っていたことか。

 「お待たせしましたね、お姫様。」
 「結婚屋。」

 端としたお声で久蔵がそう呼んだということは。どうやら先程メールで呼びかけたお相手が、こんなところまでわざわざ参上して下さったらしいのだが。………………あのあの、えっと。どこからどうやって?

 「見つかってはまずい状況にいる、至急迎えに来い。
  詳細はそれから…とのことでしたので。
  失礼ながら、至急という点を優先し、
  おいでの此処へ真っ直ぐ参上したのですが。」

 それとも館内放送でお呼び出ししてもらって、ロビーででも待ってた方がよかったですかね?と。白々しいことを一応は訊いた彼だったのは、それもまた余裕というやつなんだろか。結構な上背のある身へダークスーツを隙なく着こなす、なかなかの凛々しさに相応しい鷹揚さで。指先の揃えようも美しいままに、さあ出ておいでと手を差し伸べて。淑女をエスコートするかのように、ゲージの本来の空間の方へと金髪のお嬢さんを誘
(いざな)えば。彼がそこから入って来たらしい天井のハッチから、縄ばしごがぶらんと下がっているのと鉢合わせる。尋常ではない状況らしいというのは、あんな短いやり取りからでも伝わったらしく。しかもしかも、こんな意外な方法で“至急”と“見つかってはまずい状況”への対処もしおおせた お見事さ。いつの間にかゲージも停まっており、だが、扉近くの階数表示板の液晶画面には、このゲージが上昇中だということ示している、階数を示す数字が次々にカウントされていて。それへと気づいてのこと、久蔵がちらと物問いたげに見やったのへと、

 「ああ、あれね。実際の動作と違う情報を送ってあるんだ。
  ちなみに外からは、
  どの階であれ なかなかやって来ないような表示になるよう、
  やっぱり偽の情報を送ってる筈だけど。」

 なので、このゲージは今のところは貸し切り状態だよとの説明をしてくれてから。

 「とりあえず、
  手っ取り早く一刻も早く逃げ出すための用意だけ、
  此処に持って来てありますが。」

 ゲージの一角からひょいと持ち上げて二人の目の前まで、その彼が引き寄せたのは、そこへと人が体を丸めて入って見せるよな、イリュージョンの小道具かと思えたほどに大きくて、金具や留め具のがっちりとした革張りのトランクケースであり。

 「よければ事情のほうもお聞かせ願えないかな。」

 それの蓋を開けながら、という。さりげない訊きようをした彼であり。それでも癇に障ったものか、紅色の双眸をきらんと光らせた久蔵お嬢様だったのへ、

 「うん。まさかにお姫様が、
  自分チのホテルでいけないことをしているとは思えないから。
  そっちを案じてたり、巻き添えはごめんだと言いたいんじゃなくってね。」

 犯罪行為かと疑ってはいない。そこはきっぱりと、顔を上げての真っ直ぐな言葉として久蔵へ伝えてから。館内に数人ほど、様子見のスタッフを配置しているんだけど、何へどう対処すればいいのかって指示を出したいのでねと。神田氏同様に 見つめれば見つめるほど年齢不祥な感のあるその男性は、だが、神田青年とは大きく異なって…着いたばかりで状況はさっぱり判っていないのだろうに、それはそれは泰然としておいでの何とも頼もしき存在であり。

  “上流階級のお人たちってのは、色んな伝手やコネをお持ちなんだなぁ。”

 まるで超大作活劇映画の、終盤辺りの展開のよう。孤立し絶対絶命だったヒロインが、様々な布石の発動に導かれたサプライズに後押しされつつ、痛快なラストへ向け、立ち塞がる扉を次々、勢いよく叩き開けてゆくクライマックス。何が何だかと、ただただ状況に振り回されてた“当事者”の、至って純朴な利一郎青年が、ますますのこと呆気に取られてしまっていたのも、無理はなかったことだろて。




      ◇◇



 彼の研究を掠め取りたい連中の、神田氏に恥をかかせるレベルの嫌がらせをし、見合いを潰そうとの目論みは、だが。こたびの強襲にかかわっている一味の全員が同じ意識でいるかが曖昧で。ただ掻き集められただけというクチの面子は、後難という意味での頓着は院生連中ほどにはないかも知れず。そうなると、ホテルでの騒ぎを派手に起こすことへも遠慮はないかも。あまり粘って苛立たせては、加勢要員として集めた胡亂な連中の側が、我慢の限界だと勝手な行動を取り始めてしまうやも知れず。ならばやっぱり、

  此処が現場になる“理由”を、いち早く取り除いてやればいいのだと

 そーれ取って来いと、此処じゃあないところへ彼を連れ出してしまえば、連中だとて騒ぎを起こしようがない。ライダーシリーズや戦隊ものの悪の軍団じゃあるまいに、意味なく暴れてもそれでは単なる不審者で、威力業務妨害か騒乱罪に問われてしょっぴかれるだけ。

 “そうなっては、肝心な研究とやらを掠め取れても、
  そして、のちのちにどこかの企業へ売り込むにしても。
  どうやって手に入れたかという点で凶状持ちには用は無しと見なされて、
  研究だけを取り上げられた挙句、
  二束三文しか得られないなんてな結果に成りかねぬ。”

 あんまり世間を知らない久蔵や、学問優先で居残ってる点では彼と同じレベルだろう院生仲間の連中とやらにだって、そのくらいのソロバンは弾けて普通なんだがなと。何とも物知らずが過ぎる神田氏へ、此処でも呆れた紅バラのお嬢様だったが。まあそれも、こうとまで話が運んでしまってから持ち出しても詮無いこと。お騒がせ男には違いないが、彼には罪もないよな話だし。後でせいぜい、ぎゅうぎゅうと絞ってやるからなとの決意も新たに、

  「もーいいかい?」
  「………まだだ。」

 男二人に後ろを向かせ、ばさばさとこれでも手際よく着替えておいでの久蔵お嬢様であり。恥じらいもなくの、まずは着ていたアンサンブルやインナーのカットソーを全部 一気に脱ぎ去り。続いて用意された衣裳をてきぱきと、頭からかぶってという大胆さで身にまとい、今は背中のファスナーに四苦八苦しているところ。バレリーナならではの柔軟性こそあるものの、微妙に方向音痴らしいお嬢様。一番上のホックを留めの、ウエスト部分の仮留めのベルトを締めのに微妙に手古摺ったものの。何とか押さえるのに成功し、一気にザッと長い目のファスナーを引っ張り上げての、やっとこ完了。

 「いいぞ。」

 単調なお声で振り向いてよしとの声を掛ければ、そちらはそちらで神田青年へ着替えさせていたのが済んだところであるらしく。

 「おお、とってもよくお似合いだ。」
 「ひとつ訊いてもいいか、結婚屋。」
 「はい?」
 「何でまた、
  ウエストや胸回りや腰回りがこうもピッタリなんだ。」

 そう。だぶつかせないタイプのいで立ちであったが故に、背中のファスナーも大変だったその装いであり。上半身部は殊に、体のラインがすっきりとあらわになっているも同様なため、あまりのフィット感が気になったらしいお嬢様。

 「やだなあ。
  ただ単に、姫のサイズが規定のそれだったってだけじゃないですか。」
 「…………嘘をつけ。//////」

 おや?と、意外なご指摘へ目を見張った“結婚屋”とやらの様子へ、神田さんも…彼の側は意味が判らずに小首を傾げたが。彼の存在が却って、お嬢様の憤怒を“そんな場合じゃあないぞ”と鎮火させたようでもあって。

 「で? どうやって脱出するんだ。」
 「そうですね。
  普通にケージのドアから出たんじゃあ、
  追っ手が張っているのへ見つかるやも知れない。」

 まあそうであっても、おいそれとは近づけさせやしませんが、と。助っ人男性はふふんと、綺麗に峰の通った鼻をそびやかさせて見せ、

 「此処はどちらかといや、下へ近い高さで停まっておりますので、
  上へと登るよりは下へ降りたほうが、
  そのまま外へも手っ取り早く出られると思うんですよね。」

 ごもっともなご意見へ、うむと頷いた久蔵だったのへ、

 「そこで。」

 天井に開いたハッチへと、綺麗なその手をかざすように差し上げた彼は、

 「出来るだけ下層部まで、このゲージを降ろしてから…ですね。」

 今時は減りつつあるという“エレベーターガール”のように、その掌でゲージの高さの変化を示して見せたのだが。頭上から、肩先、体の横を経て、もっともっと下げたそのまま、自分の胸元へとそれを伏せると、


  「      という出方をすれば、
   なかなか楽しいことになると思いませんか?」






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  *まだまだ正体不明のお兄さんですが、
   もーりんの性格からして…と、薄々気づいてるお人もいるのかも?
   ここで一つ、某と賭けをせぬか?(こらこら)


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